弟の戦争 Gulf

人と人の間に、国と国の間には分かり合えない溝が横たわっている…

アンディはその溝に橋をかけようとしたんだ。

原作:ロバート・ウェストール

1929-1993年

イギリス、ノース・シールズ出身。

美術教師を続けながら、多くの青少年向け文学作品を発表。

英カーネーギー賞受賞。

代表作「機関銃要塞の少年たち」「かかし」「海辺の王国」など。

 

翻訳:原田勝

1957年生まれ。

東京外国語大学卒業。

出版翻訳家。『夜のあいだに』(ゴブリン書房)、『夢見る人』『ペーパーボーイ』(岩波書店)、『ヒトラーと暮らした少年』『ハーレムの闘う本屋』(あるなろ書房)、『飛行士と星の王子さま』『真夜中の電話』(徳間書店)など訳書多数。


台本・演出:木村繁

前進座・東宝現代劇戯曲科で学び、人形劇団むすび座の演出を経てフリー。

ヒトの心象をオブジェクトや人形で表現する特異な手法が動く現代芸術と評され、オブジェクトパフォーマンスシアター、文楽人形、結城座、ひとみ座などと新作を作る。

客演:小林正和

1957年愛知県岡崎市出身。

大学卒業後、北村想主宰の「彗星★86」旗揚げに参加。その後「プロジェクト・ナビ」を経て、現在は主に「avecビーズ」を中心に幅広く活動。代表作「寿歌Ⅱ」「十一人の少年」「想稿・銀河鉄道の夜」「寿歌西へ」など


深刻なテーマにユーモアを交え

 ポカラの会「弟の戦争」(11月8日昭和文化小劇場)を見た。木村繁の名演出にうなった。

 どうやら人形劇らしい・・・。そんな認識しかなかったのだが、実はIT時代の戦争をテーマにした重く深遠なドラマだった。

 主人公は英国で暮らすヒギンズ一家(両親と2人の息子)。弟のアンディ(人形)は精神病院に入院している。出演は松本英司、まつもとぎんこ、小林正和。この3人がさまざまな役を演じてドラマを進行させる。

 時は湾岸戦争が勃発した1990年。イラクの少年兵の魂がアンディに乗り移り、アンディは英国にいながらにして湾岸戦争を体感するのである。

 深刻な状況に、ユーモアを交え、舞台は躍動的に展開する。人形という゛モノ゛と、生身の人間とのコラボレーションは、木村が「オブジェクト・パフォーマンス・シアター」で磨き上げた独自の様式である。われわれはテレビの生放送で、弾丸飛び交う湾岸戦争を垣間見た。それは戦争そのものよりも恐ろしいことではないか―、とこのドラマは訴えているのである。

                                           上野茂(ナゴヤ劇場ジャーナル)

 

 演劇企画ポラの会による 『弟の戦争』(118日、名古屋市昭和文化小劇場)は演劇人が制作した人形劇だったが、台本演出に木村繁、美術に 福永朝子と、人形劇界のベテランを重要なポジションで迎え、そこに客演の小林正和も加わり、不思議な重量感の舞台を出現させた。

原作はイギリスの作家ロバートウェストールの小説1990年代初頭に起た湾岸戦争を背景に、イギリス人の少年アンディがアラブ 人の少年兵ラティーフの人格を宿してしまう奇妙な出来事を、アンディの兄トムの点で描いている。

まず面白いと感じたのは、アンディの治療にあたるラシード先生が医学科学では解き明かせないこともあるという前提に立った医師でありわかりやすい診断を下さないところ。アンディ本来の優しく純粋な性格に配慮し、アンディ同様まだ少年であるトムとも誠実に向き合う様子は、人間の精神を解明することの困難や、ひとつ身体にふたつの心が存在するという現象にリアリティを与えていた。そして心と身体の問題は、人間と人形の在り様結びついていく。アンディの中にラティーフが現れる時、人形は人以上に「心とは何か」と問い掛けていた気がしてならない。

ただ、テーマは非常に深刻ながら、会話にはユーモアもりばめられ、役を入れ替えながら人形遣いまで務める3人の俳優も軽妙。何より人形の浮遊感のおかげで、決して重たいだけではない舞台に仕上がっていた。

終幕、自分を取り戻した ンディはサンドウィッチを頬張り、デヴィッドボウイの曲にのって踊る。自国の文化を誇り、愛するように、見知らぬ遠い想いを寄せられる感性ぐらいは持ち合わせたいと思わされた。

 

小島祐未子(編集者ライター『あっぷ』(愛知人形劇センター機関紙)